鍼の臨床研究のためのガイドラインと勧告

「研究結果の質を保証するために、WHOは鍼の臨床研究の報告に関するガイドラインに一定の役割を果たすべきである」――本稿は、1989年のWHO専門家グループ(scientific group)による勧告を受けて作成されたものである。

全日本鍼灸学会誌 45巻2号(’95.6.1)より

鍼の臨床研究のための
ガイドラインと勧告

全日本鍼灸学会学術部研究委員会
情報・評価班 監訳

1.はじめに

中国では鍼は治療医術として2500年以上の歴史があるが、鍼が生まれたのはそれよりも昔のことである。黄帝内径(黄帝の内科書)に記されているように、紀元前2世紀から3世紀にはすでに鍼の理論体系ができあがっていた。

鍼が明らかに素朴ながら有効な医術として中国の隣国である韓国や日本、べトナムなどに紹介されたのは6世紀のことである。

ヨーロッパには16世紀初頭に伝わった。この20年の間に鍼は世界に広く普及した。鍼の治療への応用に対する関心が高まるとともに、近代科学の知識で鍼の作用機序を説明しようという機運も高まっている。

WHOは鍼のかくされた価値、およびWHOの目指す「すべての人々に健康を」に鍼が貢献する可能性について認識している。

1985年に西太平洋地域委員会は、漢方と鍼をはじめとする伝統医学(traditional medicine)が国家の保健戦略に組み込むことのできる妥当な技術であると認識し、加盟諸国に研究、訓練、情報に関するプログラムの作成を開始するよう求める決議を採択した。

それから2年後の1987年に同委員会は、新たに決議を採択し重ねて漢方と鍼の価値を訴え、加盟諸国に対して各国特有の二―ズや状況に合わせて,漢方や鍼をはじめとする伝統医学に関するプログラムを作成または推進するよう要請した。

1.2 鍼に関する研究

鍼が貴重かつ手軽な健康管理法であることは世界中で認められている。しかしながら、鍼による施術は主として伝統と個人的な経験に基づいておこなわれている。鍼はすでに数千年にわたる医療行為によって有効かつ安全であることは検証済みではあるが、鍼を合理的に使い、さらに発展させるためには、ここでしかるべき科学的研究をおこなった方がよいと思われる。しかし、さらに臨床研究が必要だからといって、広く受け入れられている鍼に異を唱えるものではない。

WHOの西太平洋地域委員会が伝統医学に関する決議を2つ採択したことは、加盟諸国において近代医学ならびに伝統医学双方の概念にもとづいて伝統医学(鍼および生薬・漢方)の安全性と有効性を評価しようとする研究を促進した。

鍼の場合、臨床上の有効性に対する評価が健康・保健事業における鍼の普及と直接的に関係するのだから、効果のメカニズムに関する研究以上に有効性の評価に関する研究に方を入れるべきであろう。

1.3 鍼の臨床評価のためのガイドラインの必要性

これまでにもいくつかの独立したグルーブが臨床研究やそれに関連した研究をおこなってきているが、その研究の質にはかなりの差がある。確かな研究結果を持ち寄って、比較とまとめをすべきであろう。鍼の臨床研究に近代科学の原理や方法論を適用して完全なものとし鍼の信頼性を獲得しようとすることは困難だとされてきたが、計画立案、実施、統計学的解析、解釈そして報告という近代科学の基本原理ならびに方法論の運用法が鍼の研究者たちに十分理解されていなかったのである。1989年にWHOの専門家グループ(scientific group)がジュネーブに集まり、研究結果に許容できるだけの質を保証するための鍼の臨床研究の方法に関するガイドラインをまとめるにあたり、WHOが―定の役割りを果たすべきであると勧告した。

2.用語

この文書で用いられている用語の定義は次の通りである。

2.1 評価法に関する用語

(1)妥当性(validity):
妥当性とは測定した結果が測定対象現象の実際の状態にどの程度―致しているかをいう。―般には次の2種類がある。

○内部妥当性(internal validity):観察結果が被験者にとってどの程度正しいかを表す。
○外部妥当性(external validity):観察結果が被験者以外の場合にどの程度当てはまるかを表す。
―般化可能性(generalizability)ともいう。

(2)信頼性(reliability):
信頼性とは比較的安定した現象を反復測定した値どうしがどの程度近いかをいう。再現性(reproducibility)、精度(Precision)ともいう。

(3)統計学的有意性(P値):
観察した実験に関する統計検定に関連した数値で確率を表す。実験を反復した時に,偶然にでると考えられる確率とは極端に異なることを示している。

2.2 特に鍼の研究に関連する用語

(1)鍼(acupuncture):
ツボ(acupuncture point)の刺激方法として身体に侵入させないやり方は多数あるが、ここでは鍼を刺入する行為を含む。ツボを選ぶ方法は次のとおりである。
―伝統医学の体系による
―症状に合わせて
―ツボの機能の科学的関係に基づいて
―ツボの処方集から

(2) 真の鍼(real acupuncture):
実際の臨床治療としておこなう鍼。

(3)偽鍼(sham acupuncture):
鍼のマイクロシステム(microsystem)から考えて、治療しているとはみなせない鍼。

(4)偽 TENS (mock TENS):
機能しないTENSの装置を使用した治療で、装置自体は作動しているように見えても患者に電気刺激は伝わらない。

(5) 微鍼 (minimal acupuncture):
浅く鍼を刺入すること。研究によってはプラセボとして使う場合も、実際の治療として使う場合もある。

(6)対照群(control group):
真の誠治療の効果と比べるための比較対照用のグルーブ。対照群は無治療の場合や、従来の治療を受ける場合もある。

(7)プラセボ(Placebo):
もし鍼を鍼による皮膚への刺入と定義するなら、本当の意味でのプラセボとしての鍼は不可能のように思われる。効果を小さくした形での鍼、場合によっては被験者を信用させるような方法でおこなう疑似鍼も十分適切な対照になりうる。

3. ゴールと目的

3.1ゴール

3.1.1 鍼に関する臨床研究を強化すること。

3.1.2 鍼の合理的使用を促進すること。

3.2 目的

3.2.1 研究者および鍼従事者(acupuncuture practitioner)が鍼の有効性に関する臨床評価の研究を準備、実行するための基本方針や適用基準を設定すること。

3.2.2 研究計画者が研究結果の実施について、同僚評価(Peer review)やモニタリングを行う際の基礎となる基準を設定すること。

3.2.3 鍼の有効性に関する信頼できるデータが集まるように、研究の経験その他の情報交換を促進すること。

3.2.4 関係政策決定者が鍼の採用を選択・決定する際の基礎となる基準を設定すること。

4.―般に考慮すべき点

4.1 法令に関して

線密にデザインされた研究によって鍼灸業の妥当性についての信頼できる参考資料が得られるのだから、政府は鍼の研究、特に臨床評価の研究を積極的に奨励すべきである。
鍼灸業ならびに鍼灸行政の質を保証する上で、鍼に関する法令および鍼灸業に関する規則が重要な役割を果すことになろう。

4.2 倫理面に関して

鍼に関する臨床研究は、公正、人間尊重、恩恵、無害という4つの倫理的原則にしたがっておこなわなければならない。
動物を使用する場合は、その福祉(welfare)を尊重しなければならない。

4.3 鍼の特質に関して

鍼はヒトの身体を全体的(holistic)に捉え、そのバランスを調整するという東洋哲学(Oriental philosophy)に基礎をおく中国伝統医学の―領域として発達した。(鍼にはいくつかの学派があり、それぞれ独自の教義をもつ。)
鍼の研究にあたっては、まず第―にこれらの教義に敬意を払わなければならない。研究の対象とする鍼のタイプによってその教義も異なっているので、研究を計画、準備、実施する際には、当然研究チームは鍼に関する伝統的知識や経験を正しく理解している必要がある。
鍼に関する優れた臨床研究は伝統医学と近代医学双方の知識を理解し統合した上でおこなうべきである。診断に当たっては伝統医学と近代医学両方の基準を用いることが可能である。

4.4 臨床研究

4.4.1 目的

鍼は以下の目的に用いられる。
(1)リハビリを含む治療
(2)予防および健康維持

以上に関連して,鍼の臨床研究をおこなうことは次のようなときに役立つと思われる。

(1)従事者(practitioner)が治療法を選択するとき
(2)患者が治療法を鍼にするかどうかを決めるとき
(3)保健に関する政策立案者が判断をくだすとき

鍼の臨床研究は健康問題に関わる他の専門家や科学者たちにも役立つと思われる。なぜなら鍼の研究が彼らの仕事に重要なヒントを与えたり、関心を呼び起こす可能性があるからである。

4.4.2 研究プロジェクトの選択

研究プロジェクトの選択は地域の疾病構造を踏まえ、研究結果がその地域の健康増進にどれだけ役立つかなど、科学的興味の他にも幾つかの要件を十分に考慮したうえでおこなう必要がある。また,そのプロジェクトが科学的に見て受け入れられるか、他の方法をとることができないかなどについても考える必要がある。評価は旧来の経験について新しい科学的根拠を与えるためにおこなわれる場合も、ツボの新しい適応症、あるいはツボの新しい組み合わせの妥当性を立証するためにおこなわれる場合もあるだろう。
異なるツボ、あるいは異なるツボの集まりの間で有効性についての比較研究をおこなうことも、さまざまな鍼のテクニックを分析してその有効性を比較することも可能である。

4.5 実験室研究

鍼に関連した研究を実験室でおこなうことにより、役に立つ発想が生まれ,鍼の臨床研究を準備し,実施する際の参考になるだろう。

4.6 動物実験

動物実験をおこなう目的は、

(a)動物の治療
(b)基礎研究

の2つがある。動物実験の結果がヒトに当てはまらない場合もある。

4.7 教育

さまざまなコースを設けて、専門のへルスワーカーに鍼および鍼の研究に関する知識を広めるようにすれば、鍼の臨床上の評価を高めようとする努力を全体的に大きく支援することができる。また、―般大衆にとっても鍼の臨床効果や臨床研究の結果を正しく知ることは利益になるであろう。

5. 研究方法

5.1 文献のレビュー

鍼は近代科学が出現する以前に発達したもので、その基礎とする文化も哲学も異なっている。近年になってその科学的な解明が始まったばかりなので、鍼に関する知識は科学的な論文として発表された体系的な実験室的、ならびに臨床的研究の中からよりも、むしろ逸話的な観察の中に見いだされるはずであると思わなければならない。さらに、国際的専門誌の求める厳しい条件を満たしていない鍼の論文であっても、今後の研究の役に立つ観察や発想がもれている可能性があることも考えなければならない。したがって、徹底した文献の再調査を鍼の臨床評価研究の出発点とすべきである。

—— (一部抜粋)———

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