令和4年4月27日
関係各位
鍼灸医療安全性連絡協議会
折鍼に対する注意喚起と予防策に関する共同声明
−プロ野球選手の折鍼事故を契機に−
鍼灸医療安全性連絡協議会は,(公社) 日本鍼灸師会,(公社) 全日本鍼灸マッサージ師会,日本理療科教員連盟,(公社) 東洋療法学校協会,(公社) 全日本鍼灸学会の5団体からなる組織であり,鍼灸の安全性に関する協議事項が発生した場合に召集されます.
このたび,令和4年3月22日に発生したプロ野球選手の折鍼事故を受けて,(公社) 福岡県鍼灸マッサージ師会から(公社) 全日本鍼灸学会臨床情報部安全性委員会に本協議会を召集するよう依頼があり.事故の経緯について情報を共有するとともに今後の予防策について検討しましたので,ここに共同声明という形で発表いたします.
1.プロ野球選手の折鍼事故の経緯
3月22日,某プロ野球選手(投手)へ行った鍼施術により折鍼が生じた.施術の詳細は以下である.
患者を前屈座位にして8本のステンレス製単回使用毫鍼[注1]48mm・20号鍼(寸6・3番)を腰部(棘間右外側)に20mm 程度刺入し,その状態で症状(痛み)が再現される体幹動作を行わせたところ,置鍼中の鍼1本が抜鍼困難となった.そこで,迎え鍼[注2],温熱刺激(遠赤外線照射),電気刺激(表面電極)を行い局所の筋緊張の緩和を試みたが解消されなかった.患者(当該選手)を座位から腹臥位にした後,鍼を真っすぐに引き抜こうとしたところ,先端から約1cmで鍼体が破断し伏鍼[注3]となった.患者に伏鍼が生じたことを伝え,一緒に医療機関を受診した.CT検査により伏鍼が確認され,医師により,腰部を約1cm 切開,皮下約1cmの深さにあった鍼体の断端が摘出された.摘出された鍼は,衛生(感染防止)の観点から医師の判断により廃棄され,施術者が持ち帰ることはできなかった.患者は入院することなく帰宅した.患者はリハビリを経て,2週間ほどで現場に復帰した.
注1:毫鍼(ごうしん 身体に刺入するための鍼)
注2:迎え鍼(周囲に新たな鍼を刺入して筋肉を弛緩させる手技)
注3:伏鍼(体内に鍼の一部が残存した状態)
2.抜鍼困難および折鍼の予防とその後の対応
1)抜鍼困難の予防とその後の対応
多くの場合,抜鍼困難(渋鍼)は,刺入時および置鍼中の鍼が折れ曲がることによって生じる.したがって,これを予防するためには,①患者に対して,施術中(とくに置鍼中)は体動を控えるよう事前に指示しておく.一方,②施術者は,筋層内に鍼がある状態では,強い筋収縮を誘発するような手技や四肢・体幹の関節運動を行わせる手技は控える.
抜鍼困難となった場合には,①患者の安静を保持し,力を抜きリラックスするように指示し,筋が十分に弛緩するまで待つ.②筋の弛緩が得られ抜鍼を試みる場合は,体位変換などは行わずそのままの姿勢で行う.また,鍼が捻じ切れないよう回旋を加える手技(旋撚など)は行わず,少しずつ真っすぐに引き抜く.③筋の弛緩が得られず,依然として抜鍼が困難な場合には,折鍼の可能性があることから,無理に抜鍼することはせず,患者に事情を説明し医療機関での処置を提案する.④医療機関の受診にあたっては,当該施術者は患者と同行し,医師へ経緯を説明するなどその処置に協力する.⑤処置後は,速やかに加入する賠償責任保険会社に事故の報告を行う.
2)折鍼の予防とその後の対応
折鍼を未然に防ぐためには,ステンレス製の単回使用毫鍼を使用することが推奨される.しかしながら,過去にはステンレス製の単回使用毫鍼であっても折鍼が発生した事例が報告されていることから,過信は禁物である.鍼の使用にあたっては,添付文書にある使用方法ならびに使用上の注意をよく読みこれに従う.粗暴な手技やメーカーが想定していない鍼の使用は厳に慎むべきである.
折鍼が生じた場合,①鍼の一部が体表から出ていれば,ピンセットや鉗子など鍼をしっかりと把持できる道具で抜去を試みる.一方,②鍼が完全に体内に没入してしまった場合(伏鍼)や抜去が困難な場合には,後に伏鍼した位置が特定できるよう,その部位に印を油性ペン等で付けておく.その後は,③患者に伏鍼が発生した旨を伝え謝罪すると共に,医療機関を受診するよう依頼する.④受診にあたっては,当該施術者は患者に同行し,医師の処置に全面的に協力する。⑤鍼の摘出の適否については,医師の判断に委ねるが,鍼が摘出できた場合は,訴訟に発展することも考慮し,破断した鍼の断片全てを回収し保管しておく.⑥処置後は,速やかに加入する保険会社に事故の報告を行う.⑦当該鍼のロット番号を控えると共に,同じロット番号の鍼が残っていれば,使用せずに保管しておく.
3)リスクマネジメント
抜鍼困難および折鍼の対応のみならず,鍼灸のリスクマネジメントでは以下の点に注意する.
- 施術にあたっては,必ず賠償責任保険に加入しておくこと.
- 有害事象を誘発しやすい手技は極力避けること.
- 危機管理対策マニュアルを作成し,事故が発生した場合の具体的な対応を事前にシミュレーションしておく. 例. 施術所内での処置,受診する医療機関の選定など
- 平素からインフォームド・コンセントやコミュニケーションを十分に取るなど,患者とより良好な信頼関係を築いておくこと.
- 事故が発生してしまった場合は,事故が解決あるいは患者が回復するまで真摯にかつ誠意をもって対応すること.
3.業界としての今後の取り組み
鍼灸医療安全性連絡協議会では,今後の取り組みとして,鍼灸に関連した重篤な有害事象(おもに事故や過誤)が発生した場合に,鍼灸師全体に情報の共有・周知が可能となるようなシステム作りを進めて参りたいと考えております.つきましては,皆様のご協力を賜りますようお願い申し上げます.
共同声明の作成に関わった鍼灸医療安全性連絡協議会メンバー(敬称略)
伊藤 久夫(公益社団法人 全日本鍼灸マッサージ師会 会長)
要 信義(公益社団法人 日本鍼灸師会 会長)
工藤 滋(日本理療科教員連盟 会長)
清水 尚道(公益社団法人 東洋療法学校協会 会長)
若山 育郎(公益社団法人 全日本鍼灸学会 会長)
坂本 歩(公益社団法人 全日本鍼灸学会 副会長)
矢津田 善仁(公益社団法人 日本鍼灸師会 危機管理委員会 委員長)
古賀 慶之助(公益社団法人 福岡県鍼灸マッサージ師会 会長)
仲嶋 隆史(公益社団法人 全日本鍼灸マッサージ師会 業務執行理事)
山下 仁(公益社団法人 全日本鍼灸学会 臨床情報部 部長)
新原 寿志(公益社団法人 全日本鍼灸学会 臨床情報部 副部長)
菅原 正秋(公益社団法人 全日本鍼灸学会 臨床情報部安全性委員会 委員長)
以上